プロレスLOVE

*第3回*
「アントニオ猪木にまつわる話」

・日本に最初にタバスコを持ち込んだのはアントニオ猪木である。
・アントンフーズという会社を設立し、健康食品などを販売していた。
・アントンハイセルという事業をブラジルで興した。サトウキビの絞りかすを有効活用しようという、環境対策を先取りする、国家的事業であったが、経営が順調ではなく、赤字の補填に新日本プロレスの収入を注ぎ込み、それが、社長解任の原因と言われている。
・「延髄切り」は海外でも「エンズイギリ(enzuigiri)」として定着している。
・「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」という猪木がよく口にする言葉はかの一休和尚の言葉である。この言葉は猪木の引退試合で引退時のメッセージとしてファンに贈られ、以後新日本プロレスの道場訓となった。
(フリー百科事典『Wikipedia』より)

次回もプロレスLOVEを御期待下さい!!

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